還暦

16日23:20
実家に慌てて電話した。
以前、この時間に電話したときはボクがおかしくなっていたときで
親に随分と心配をかけた。
だから、少し戸惑ったがどうしても電話をしなければならなかった。


電話をかけると案の定、寝てたらしく眠そうな母親の声が。
「こんな時間にごめん。父さんいる?」
母親との会話もなく親父に代わってもらった。
ボクにまた何かあったのか心配そうな声で出る父。
「どうした?」


「父さん・・・誕生日おめでとう」


ボクが言いたかったのはこの一言だった。
起こしてしまったのは申し訳なかったが次の日だといささか興ざめしてしまうし。
だから思い切って電話した。
還暦なので本来は今日で定年退職なんだが
嘱託社員として数年は現役のサラリーマンを続けるらしい。
「ホントは退職なんだけどさ・・・」
迷惑そうな言い方をしながらもまだ現役でいられることに喜びを隠せないようだ。


社会人になってちょっと出世して部下を持ったとき
『親父ってすごいな』と思えるようになった。
尊敬した。親父は結局、課長止まりだった。
出世競争には負けたのかもしれない。
しかし、それ以上に親父は人望が厚い。
上からも部下からも慕われ尊敬されている。
その点では親父は誰よりも勝ち組にいたとみえる。
ボクには越えられない壁だ。素直にそう思う。


ボクがまだ学生だったころは
「なんだその長い髪は」とか「なんだ金髪にしやがって」とか
多少の衝突はあった。
でも今は
「調子はどうだ?」「具合はいいか?」「ちゃんと食べてるか?」「眠れてるか?」
ボクの体と心の心配しかしてこない。
ボクは未だに親父に心配ばかりかけている。
とても情けない息子だ。
でも、今日は少し違った。


「声が明るいから元気そうだな」


ほんの少しだけ今のボクに出来る親孝行が出来た。